アップルの特許技術、iPhone XSのL字型バッテリーに隠された秘密
アップルの「iPhone XS」には、単体でL字型をしたバッテリーが搭載されている。
この特殊な形状のバッテリーはアップルの特許技術によるもので、ある「効果」を狙ったものだった。その革新性に迫る。
TEXT BY BRIAN BARRETT
TRANSLATION BY CHIHIRO OKA
2018.10.04 THU 09:00 WIRED(US)
アップルの「iPhone XS」は最新モデルであるにも関わらず、性能的には昨年に発売された「iPhone X」とそれほど変わらないということがよく指摘される。
見た目も機能もほとんど同じで、違うのは値段だけだというのだ。
しかし、XSには外からは見えないが大きく進化した部分がある。これまでにないまったく新しい形状のバッテリーがそれだ。
iPhone Xと「iPhone XS Max」は、デュアルセルバッテリーを搭載する。簡単に言うと、2個の長方形のリチウムイオンバッテリーがL字型に並べられているのだ。
ただ、これは別に特殊な技術ではなく、アップル以外でもこのやり方を採用するメーカーは存在する(試しに自分のスマートフォンを分解して確かめようとは思わないように)。
とにかく、モバイルデヴァイスのバッテリーの多くは外部企業が受託生産し、同じような構造になっていると考えればいい。
しかし、XSは違う。
アップル製品の分解リポートで知られるiFixitが公開した画像でも証明されたが、XSには単体でL字型のバッテリーが使われているのだ。
なぜ、わざわざL字型なのか?
まず出てくるのは、
「なぜひとつにする必要があるのか?」
という疑問だろう。
答えは簡単だ(ただし後述するが、ちょっとした“注釈”が必要になる)。
2個のバッテリーをひとつにまとめることで連結部分の隙間をなくし、わずかながらも電池全体の容積を増やすことができるからである。
電車の車両が2両連結されているのを想像してみてほしい。その隣に、全体の長さは同じだが1両の車両を置いて比べてみよう。連結部分にも座席を置けるので、後者のほうが乗客の数は多くなる。これと同じ原理だ。
米エネルギー省の下部組織であるエネルギー貯蔵研究共同センター(JCESR)のヴェンカット・スリニヴァサンは、こう説明する。
「エネルギー密度を高めるために電池部品の小型化が進んでいます。
企業は削れる部分はないか常に目を光らせています。
集電板やセパレーターを少しでも薄くできないか、そして究極的には電池全体も薄型にならないかといったこととです」
デヴァイスメーカーはどこもバッテリーに何らかの工夫をしており、ときにはやりすぎて失敗することもある。
数年前に起きたサムスンの「Galaxy Note 7」の相次ぐ爆発の原因は、バッテリーの不具合だった。ただ、形を変えるという試みは初めてで、うまくいくかは不透明である。
iPhoneのX線写真。左からiPhone X、iPhone XS、iPhone XS Max。中央のXSだけL字型バッテリーなのがわかる。PHOTOGRAPH COURTESY OF IFIXIT
L字型のバッテリーというアイデアを支えるのは、アップルが2012年に取得した特許だ。
リチウムバッテリーの形状を自由に変えられる技術で、「MacBook」の2015年モデルで初めて実装された。
大きさの違う3枚のシート状のバッテリーを重ねることで、躯体内部の空間を無駄なく利用し、バッテリーのサイズを拡大したのである。
アップルは同じ技術を今度はiPhoneにもってきた。
これによって理論的には、バッテリーに割り当てられたスペースを余すことなく使うことが可能になる。
スリニヴァサンは
「外部の形状はデザインチームに決められてしまいます。内部に詰め込まなければならない部品も、もちろん変えることはできません」
と話す。
「そこで、残されたスペースをすべて使ってバッテリーを詰め込むのです。L字型というアイデアは素晴らしいと思います。
さらに、パッケージ部分の容積をできるだけ減らすことで、電池容量を増やすことができます」
しかし、ここで少しばかり化学的な問題が生じる。最初に話した“注釈”というのはこのことだ。
バッテリーにも生まれた「ノッチ」の効果
iPhone Xで一気に業界スタンダードになったものにノッチ(画面上部の出っ張り)がある。実は、新しいL字型バッテリーにもノッチのような空間が存在するのだ。
上のX線写真を見るとわかるが、Lの角の部分の内側に丸い緩衝地帯が設けられている。
このためパッケージを取り去ったバッテリーは、Lというよりは丸みを帯びたJのような形をしている。
理由は、バッテリーでは角ばった部分をなるべく減らす必要があるからだ。
角が多ければそれだけトラブルの可能性が高まる。
iFixitのテイラー・ディクソンに話を聞こう。
「このような形状のバッテリーではふたつの問題があります。
まず、バッテリーの層を折り重ねることそのものが非常に複雑で困難です。うまく折り重ねることができても、内側の角ではパッケージを平らに保つことが難しくなります。
そして、使用時にバッテリーの熱が上がると、その部分からパッケージの表面が壊れてしまう恐れがあります」
内側に丸みをもたせることで問題は解決する。
この丸みによって、XSはNote 7に起きた悲劇を避けることができるのだ。また、L字型のパッケージをはみ出すことなく、シーラントで覆うことも可能になる。
ただ、この丸みは「無駄なスペースは極力なくす」という原則に反する。
XSのバッテリー容量が2,659mAhなのに対して、Xは2,716mAhだ。
XSはメモリー(RAM)が大きくカメラセンサーも場所をとるため、こうした部品との兼ね合いからバッテリーそのものの大きさがXと比べて小さい可能性はある。
ただ、ディクソンはL字型を採用したにも関わらず容量がXより小さくなっているのは、このバッテリー内部の丸みのせいだと考えている。
だからこそ、最も高額な「XS Max」ではL字型バッテリーが採用されなかったのだ。
なお、アップルにコメントを求めたが、返事は得られていない。
それでもやはり革新的
だからと言って、L字型バッテリーの革新性が失われるわけではない。iFixitのディクソンは、
「この技術によって、小型デヴァイスでも搭載できるバッテリーのサイズが確実に大きくなっていくでしょう。
メーカーが必死で考えているのは、どうやって空きスペースすべてにバッテリーを詰め込むかということだからです」
と話す。
リチウムイオンバッテリーに関しては、大容量化に向けて構造や素材が大きな進化を遂げるには、まだしばらく時間がかかるとみられている。
このため、アップルや競合のスマートフォンメーカーができる工夫は現時点では限られている。
JCESRのスリニヴァサンは次のように話す。
「バッテリー分野の科学者として新素材の開発には全力を傾けていますが、なかなか難しいと言わざるを得ません。
バッテリー材料で新たな突破口が開けるまでは、企業はいまあるスペースにもっと多くのものを詰め込む方向性を模索していくでしょう。
つまり設計による取り組みです。こちらであれば、まだ多少の改良の余地があると思います」