GABA(γ-アミノ酪酸)関連の怪しげな話ではある。バルプロ酸はナトリウム塩で処方されるので水に溶けやすいのですね。
バルプロ酸ナトリウム (sodium valproate)
Wiki情報
抗けいれん薬と気分安定薬作用がある有機化合物。
略称はVPA。主にてんかん・双極性障害の治療として、一部では大うつ病の治療に用いられる。また片頭痛と統合失調症の治療にも使われている。
分子式は C8H15NaO2 で、特異なにおいがあり、水に溶けやすい。
GABA(γ-アミノ酪酸)トランスアミナーゼを阻害することにより抑制性シナプスにおけるGABA量を増加させ、薬理作用を発現する。
バルプロ酸は過量投薬のリスクが高く、治療薬物モニタリングが必要である。
一般的な副作用には、疲労感・振戦・鎮静や胃腸障害がある。加えて10%に可逆的な脱毛がみられる。
2008年、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、199の二重盲検試験を分析し、データに用いられた24週間では、抗てんかん薬服用時の自殺念慮や自殺企図が2倍―てんかん用途では3.5倍、精神科では1.5倍―に高まることを警告した(それ以上の期間は単に未調査)。2009年4月23日以降、認可されたすべての抗てんかん薬に警告表示が追加された。日本でも、自殺企図の既往や自殺念慮を有する場合に注意書きがある。
実現近づく「脳が若返る」薬(大人になると絶対音感が身につかないわけ)
2014.12.29 MON wired.jp
抗てんかん剤として使用されてきた「ヴァルプロ酸」が、いま「若返りの薬」として注目されている。
ジュースのコップの縁を叩いて、それがドレミの音名のどれに当たるかがわかる──こうした能力は一般に「絶対音感」と呼ばれている。日本では10数年前に同名の本がベストセラーになり、よく知られるようになった。
この「絶対音感」という能力は、一般に幼少時に習得できなかった場合には、その後の人生で獲得はできないと言われている。だが、ハーヴァード大学のヘンシュ貴雄教授は、抗てんかん剤として知られる「ヴァルプロ酸」という薬物を成人男性に対して投与することでこの能力を高めることに成功した。
「これは注目すべき結果でした。現在でも7歳以上の人間に絶対音感を身につけさせる体系的な方法はありません。ささやかな向上でも、被験者には衝撃的だったのです」
こうしたヘンシュ教授の研究に、世界中から「被験者になりたい」とメールが届いている。音楽関係者もいるが、決してそれだけではない。というのも、この成果は絶対音感が高まるだけに留まらない、ある可能性を示すものだからだ。
それは、ヴァルプロ酸を服用することで、年老いた人間の脳が、幼児のような若い学習能力を得られる可能性である。そう、彼の研究に期待されているのは、人間の「心」における「若返りの薬」の発明なのだ。
大人になると、絶対音感が身につかないわけ
例えば、昨今の外国語学習の本を開いてみれば、語学を学ぶのは幼少時が適しているとの記述を目にするだろう。その理由は一般に、人間の脳がもつ「臨界期」と呼ばれる性質によるものといわれている。
人間の学習活動は、脳の中に形成された神経回路の組み換えによって行われている。新しく何かを学ぶごとにシナプスが繋がり、神経回路は新しいパターンに生まれ変わる。その繰り返しが、学習過程なのである。
だが、この神経回路の組み換えは、ある年齢を超えるとあまり起きなくなってしまう。例えば、絶対音感にまつわる回路では7歳頃までに形成されなければ、その後の人生での習得は難しいとされている。そして、この回路の組み換えが簡単に可能になるような、そんな幼少期の特権的な期間こそが「臨界期」なのだ。ヘンシュ教授は、この臨界期にまつわる研究をリードする人物の一人である。
「薬で臨界期が再開できれば、自閉症や弱視などの早期に発現する発達障害を修正する二度目のチャンスが与えられます。あるいは、戦場やスポーツでの後天的な脳障害に対して、健康な脳の神経回路を再配線して、機能を代替する可能性もあるのです」
ヘンシュ教授の研究は、本来は生まれつき、あるいは後天的に神経障害を負った人々に光をもたらすものとしてある。絶対音感を向上させたヴァルプロ酸の投与も、その研究過程で行われたものにすぎない。だが、その研究を見て多くの人が思いつくのは、やはり自らの脳を若返らせて、知性を向上させる薬物を製造できないかという思いであった。ところが、ヘンシュ教授はそうした使用には警鐘を鳴らしている。
「この種の薬物的な操作とトレーニングで、人生を豊かにすることは可能だと思います。しかし、何かを失う可能性もまたあるのです。わたしたちは特定の文化で、特定の環境で育てられて、こうなったのです。とすれば、臨界期を再開させることは、幼い頃から構築してきたアイデンティティの一部を失う危険性があるのです」
人類は「頭が硬くなること」を獲得した
そもそも一体、人間にはなぜ臨界期が存在しているのだろうか。ヘンシュ教授はそれを「脳回路を安定させることが重要だから」ではないかと考えている。神経回路の基本的な部分が安定することで、その上に成立する新しい機能の学習が容易になるからだ。
これは、われわれの手元にあるパソコンやスマートフォンを思い浮かべればわかりやすいかもしれない。臨界期が続くのは、基幹の部分にあるWindowsやiOSのようなOSの設計が、些細なことで変更され続けるようなものなのだ。だが、言語や視覚のような基本機能が、頻繁に「仕様変更」されては困ってしまう。
さらに、ヘンシュ教授はある種の精神疾患において、臨界期にブレーキをかける遺伝子に障害が起きていると指摘する。
「例えば、統合失調症などの精神疾患では、臨界期を終了させる遺伝子の多くが傷ついているのが見られます。つまり、彼らの生涯は過剰に可塑性があり、神経回路が不安定であることを反映している可能性があるのです。その結果、彼らは外との関係を維持するのが困難になっているのかもしれません」
実は脳の臨界期は、人間ではなくマウスなど他の生物にも存在していると知られている。生物の神経回路が安定すること──すなわち「頭が硬くなること」は、実は進化の過程で獲得された大事な機能である可能性が高いのだ。
脳をアップデートせよ!
しかし、ヘンシュ教授はそれでもなお、これが現代社会に求められる研究であると認識している。
「ここ100年の間に、われわれは環境を劇的に変化させることを学びました。飛行機に乗って異なる国に行けば、異なる言語環境になります。ヴィデオゲームやiPhoneのような、少し前まではなかった新しい刺激もあります。寿命も2倍、あるいは3倍に延びました。何千年にもわたる進化で最適化してきた我々の脳は、この種の刺激に準備できていないように思います」
例えば、シリコンヴァレーのIT企業では、かつてのビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグのように、若く柔軟な発想をもった学生起業家たちが、劇的な速度でイノヴェイションを起こしてきた歴史がある。その陰には、彼らがとてつもない速度で行ってきた、膨大な数の意思決定の積み重ねが存在する。
当事者の彼らほどではないにしても、かつてない変化の速度や刺激にさらされてわたしたちが生きているのは疑いない。ついに自分の「心」を生み出す脳にまで手を加えなければならない時代がやってきたのだろうか。
「ある種の精神疾患の発生率の増加は、わたしたちの古い脳が新しい環境に適応しようとした現れの可能性があります。環境が変わるにつれて、われわれの脳も進化する必要があります。
情報処理の増加速度と脳の可塑性への需要に対応するように、脳の進化に手を加える必要があるのかもしれません。SFのようですが、これが近年の研究で現実化しつつある以上、その副作用と利点について考える必要があるでしょう」