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メトホルミンとフェンホルミンの構造的違い?

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なんとか糖尿病から救ってくれという声が周囲には多い。化学者ならわかるでしょうと言われても困るのである。治療薬のメトホルミンとフェンホルミンは置換基が違うだけで生体毒性が極端に違う。
 
 
メトホルミン:化学的特徴
 
Metformin : a chemical perspective
Editors : H C S Howlett and C J Bailey
 
ds-pharma.jp/literature/goldstandard/article/issue02/03
 
 これまでの章に登場したすべてのグアニジン系化合物およびビグアナイド分子のうち,経口抗糖尿病薬として長い年月にわたる試練に耐えてきたのはメトホルミンのみである。
 
イメージ 1いくつかの他の薬剤が臨床使用に至ったが,特にフェンホルミンでは高い毒性が認められたことから,多くの国で使用が中止された。
 
これらの分子は2 次元構造で見る限り化学的に類似している。しかし,化学的特性の慎重な分析によって,メトホルミン分子の独自の特性が明らかになっている。
 
はじめに
 
 これまでにいくつかのビグアナイド系化合物に血糖低下作用が認められ,1970 ~ 1980 年代になって新しい構造を持つ化合物が明らかになってきた。
 
しかし, 2 型糖尿病の治療法として広範な臨床使用にこぎつけたのは,次の3 種類の見かけ上類似した構造を持つ化合物のみ,すなわち
 
メトホルミン(1,1─ジメチルビグアナイド),
フェンホルミン(フェニルエチルビグアナイド),
 
およびこれらより使用頻度が低い
 
ブホルミンbuformin(ブチルビグアナイド)
 
であった。
 
diapedia.org/management/81040851126/biguanides
イメージ 2
 
 
本章では,最も広く使用される2 種類のビグアナイド系化合物,メトホルミンとフェンホルミンの物理化学的特性を,この分子クラスに特有のものとされる細胞内作用機序と関連づけながら,より詳細に比較する。
 
ビグアナイド系化合物の化学構造
 ビグアナイド系化合物の化学的および物理化学的特性について,Prugnard とNoel が総説を著している。
 
ビグアナイド系化合物はすべて強塩基であり,pK 値は11 ~ 12 付近,生理学的pH では基本的に完全にプロトン化している。
 
イメージ 3プロトンが付加するアミノ基はひとつのみであり,溶液中ではモノカチオンとして存在する。
 
メトホルミンとフェンホルミンの赤外スペクトルは類似しているが,これはこれらの2 次元構造が類似していることと一致する(図4.1)。
 
これらはいずれも一置換ビグアナイド系化合物であるが,メトホルミンは末端アミノ基がふたつのメチル基に置換されているのに対し,フェンホルミンは末端アミノ基がひとつのフェニルエチル基に置換されている。

 イメージ 4メトホルミン分子は,ふたつのグアニジン基が結合してできたふたつの平面領域か
 
らなり,グアニジン基は68°の角度で交差している。
 
これに対してフェンホルミン分子は平面的ではなく,メトホルミンとは異なり分子内水素結合を有する
 
また,フェンホルミン分子の高次構造は内部の電荷分布と脂肪親和性にも大きく依存している。
 
図4.1 には生理学的pH において優先してプロトン化されるメトホルミンとフェンホルミン分子の部位も示す。ビグアナイド自体は,正電荷(陽イオン)が4 つのアミノ基に均等に分布している。
 
フェンホルミンではフェニルエチル基から最も遠いアミノ基が正電荷を帯びるのに対し,メトホルミンでは中央のアミノ基が正電荷を帯びる。
 
分子脂肪親和性ポテンシャルマッピング(molecular lipophilicity potential mapping)は,表面電荷を用いて分子の様々な部分の脂肪親和性を算出するコンピュータによる分子モデリング技術である。
 
メトホルミンとフェンホルミン分子の脂肪親和性を図4.2 に示す。
 
メトホルミン分子の脂肪親和性はほぼジメチル置換された末端アミノ基のみに集中しているのに対し,フェンホルミンの脂肪親和性はビグアナイド骨格に沿って比較的均等に分布しているのがわかる。
 
 こうしたメトホルミンと他のビグアナイド系化合物との見かけ上のわずかな構造の違いが,溶液中でのこれらの分子の挙動に大きな違いをもたらすと考えられる。
 
例えば,これらの薬物動態は著しく異なっている。
 
フェンホルミンはいくつかの動物種では体内で代謝され,数種類の主要代謝物が生成される。
 
これに対してメトホルミンは低分子量で化学的に安定した小型の分子であり,水に容易に溶け,体内でほとんど代謝されない
 
メトホルミンは経口投与後,様々な組織で検出されるが,その局所濃度は組織ごとに異なり,局所濃度が様々な器官系におけるメトホルミンの薬理作用に影響すると考えられる。

メトホルミンの作用機序
 
 メトホルミンは,特に肝臓および筋においてインスリン抵抗性を改善することにより作用を発現する。
 
また,メトホルミンは心血管系に複数の保護作用を示すが,これらは血糖コントロール改善だけでは説明できない。
 
このような有益作用については後の章で詳述するが,ここでは多くの生理系に影響を及ぼすメトホルミンの多面的作用について簡単に紹介する。
 
細胞膜に対する作用を示唆するかなりの数のエビデンスが公表されている(第10 章も参照)。
 
in vivo および in vitro 試験において, 臨床使用濃度( 例, 約0.5 mmol/L 未満)のメトホルミンが膜関連事象,すなわち
 
a. ミトコンドリア呼吸鎖の抑制,
b. インスリン受容体チロシンキナーゼ活性の増強,
c. GLUT4 トランスポーターの細胞膜への移動の刺激,
d. 細胞内成分を除去した卵母細胞におけるグリコーゲン合成酵素の刺激,
e. AMP 活性化プロテインキナーゼの活性化
 
等に影響を与えることが実証されている。
 
図4.3 に,上記をはじめとする細胞膜関連構造に対するメトホルミンの推定作用機序を示す。
イメージ 5
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Oct1:有機カチオントランスポーター1,AMPK : AMP 活性化蛋白キナーゼ。細胞膜よりも上に示した構造は細胞外空間,下に示した構造は細胞内空間。CJ Bailey の許可を得て転載。
 
 
上述のように,ビグアナイド分子の形状と電荷分布の違いは生物学的作用の発現に機能的意義を持つようになると考えられる。
 
平面的なメトホルミン分子はリン脂質二重層に容易に入り込めるのに対し,メトホルミンよりも大きいフェンホルミン分子の場合,例えば膜により大きなゆがみが生じるなどの可能性がある。  
 
 

結論
 メトホルミンとフェンホルミンの二次元構造は類似しているにもかかわらず,その形状と物理化学的特性は大きく異なる。
 
これらの分子間の脂肪親和性の差が各分子と膜との相互作用の様式に大きな影響を及ぼすという仮定は理にかなっており,個々のビグアナイド系化合物の正確な分子特性とその生物学的機能の関係の重要性が浮き彫りとなっている。
 
メトホルミンの作用の一部は2 型糖尿病に認められる膜流動性低下の改善によって発現すると思われることから,このクラスの経口抗糖尿病薬にとってこの関係は特に重要である。
 
実際,メトホルミンはこのような機序で,フェンホルミン使用に伴う循環血中の乳酸濃度上昇のような危険性のある作用を引き起こすことなく,糖尿病にみられる根本的な異常を治している。
 
メトホルミンの物理化学的特性は,同薬が血糖低下作用を示しつつも,ビグアナイド系化合物において毒性が極めて低いという他にはみられないバランスを示すものと思われる。
 
【監修:河盛隆造/編集:綿田裕孝】

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