京大前理髪店、117年に幕 学生らと談議、店主「幸せだった」
2016年05月31日 10時18分 京都新聞
京都市左京区吉田の京都大正門近くで117年の時を刻んできた理髪店が、きょう31日に幕を閉じる。
哲学者西田幾多郎や経済学者河上肇ら著名人をはじめ、多くの学生たちに親しまれ、店内は学術用語が飛び交った。男性店主は
「普段では会話できない人と話せ、幸せな仕事だった」
と感慨深げに話す。
旧京都帝大創設2年後の1899(明治32)年に開店した「美留軒」。店内は教授たちによる色紙が並び、
「第1回卒業生の頭から刈ってきた」
というのが自慢だ。宮津市出身の初代上田留吉さんが学生の増加を見越して出店した。
孫で3代目上田浩一さん(79)が店を受け継いできた。
正門から150メートルの距離にあり、西田や河上のほか、武田五一、田辺朔郎、末川博ら歴史に名を刻む教授陣が常連だった。平澤興さん、奥田東さんなど歴代総長もなじみ客。尾池和夫さんは学生時代にカットモデルを務めていた。
「羽田亨さんは頭が大きかった。頭の中身が大きいんやろな」
と上田さんは懐かしんで笑う。
「楽しかったのは学生運動の時代」
といい、世代の近い学生の客とは食事や談議を繰り返し、政治の季節を体感した。後に医学部長となる本庶佑さんとも議論を重ねた。
調髪には1時間弱を要する。雑談はしばしば、教授や学生の専門分野へと展開し、最新の医学から世界政治までが話題に上った。
「ただで講義を受けているようなもの。人生のごちそうになった」
と上田さん。
数年前に心臓病を患い、長時間はさみを握って立つのがつらくなった。
学生の懐事情を考え、長年1620円を維持してきた。そんな学生への思いは、次男秀寿さん(49)が経営する上京区今出川通東大路西入ルの店が受け継ぐという。上田さんは
「病気になったからには仕方ないが、閉店はやはりさびしい」
と口にする。