京都の味、決め手は井戸水 食文化育んだ地下の巨大ダム
2017年10月21日 07時10分 京都新聞
江戸後期に創業した生麩(ふ)の老舗「麩嘉」(京都市上京区)には三つの井戸がある。
精進料理に欠かせない生麩づくりは、小麦粉から原料のグルテンを取り出し、冷やす作業に大量の水が必要だ。
■定温で良質
京都市は「水道水はおいしい」とアピールするが、生麩づくりには井戸水が最適。
味を邪魔する鉄分が非常に少ない。水温が高すぎると腐りやすく、低すぎると固くなって食感は崩れるが、年中15・8度と安定している。
「先代たちはこの水があるから、ここで生麩を作り始めたんやないですか」
長男に経営を譲った6代目主人の小堀正次さんは恵みに感謝する。
琵琶湖疏水によって水利用は大きく変化したが、市内には飲料井戸がまだ2288カ所残る。
届け出制度が異なるため正確には比べられないが、横浜市の91、大阪市の27カ所と比べてダントツに多い。
京都の地下水を研究する関西大前学長楠見晴重さんによると、京都盆地には琵琶湖の水量に匹敵する水が地下に眠る。
水の出口は天王山(大山崎町)と男山(八幡市)間の1カ所で水がたまりやすく、
「巨大ダムが地下にある。中心部でも堀川通の東側は砂の層が幾重もあり、金属や有機物の少ない良質の水を生んでいる」
■市民が闘った歴史
地下水を守るため、市民が闘った歴史もある。1928年に近鉄京都線を開業した奈良電鉄(当時)は当初、伏見区大手筋付近を地下化する予定だった。
旧陸軍や京都府が求めたとされるが、これに「酒の質が落ちる」と伏見酒造組合が猛反発。
井戸水の水量低下を恐れた住民運動も起こり、現在の高架式に変わった。
酒造会社「月桂冠」(伏見区)の田中伸治さんは
「ミネラル分が比較的少ない伏見の酒は、灘の『男酒』に対し、口当たりが柔らかい『女酒』と呼ばれる。体を張った先人の気持ちは良く分かる」
と話す。
京都の食文化を支える地下水だが、課題にも直面している。
かつては数メートル掘ればきれいな水が湧き出たが、現在、麩嘉も月桂冠も求める質の水を確保するのに深さ50メートル以上も掘っている。
水質の悪化が指摘され、京都市を含め大都市部では、安全面から住民に井戸水を飲用しないよう呼び掛けている。
また、無料の地下水を利用する商業施設などが増え、地盤沈下や水量減少への懸念から、城陽市などでは取水を制限している。やがて、京都市もそうなりかねない。
「京の井戸は京料理や市民の暮らしと密接につながっている。京都市が規制に踏み切れば、文化の衰退を招く恐れもある」
味を守るには、水を守らなければならない。楠見さんはそう警鐘を鳴らす。