鶏肉などを出荷前に抗生物質の液に浸すことはなかなか無くならない慣習である。マクドナルドの大手食品チェーンもなんとかしようともがいてはいるが。
水産物にもあまり広がらないことを願うが、どうなっているのか。
「抗生物質まみれ」の食肉産業は今後どうなる 業界の「闇」に迫った科学ジャーナリストが語った
2017.10.24 21:30 Sankei
米国で販売される抗生物質の8割は、人間の患者ではなく食肉となる豚や牛、鶏などに使われている。
その結果、抗生物質耐性菌の発生源となり、われわれの健康を脅かすことが明らかになった。こうした内幕を明らかにした『Big Chicken』を刊行した科学ジャーナリスト、マリン・マケナが、食肉産業の未来について語った。
アップルパイ以上に米国的なものといえば、最近では抗生物質で育てられた動物の肉ぐらいになった。
米国で販売される抗生物質の80パーセントが、人間の患者ではなく、食肉となる豚や牛、七面鳥、ニワトリに使われているのだから。
この魔法のような薬が現代の畜産を支える柱となるにつれて、大規模工場型の農場では、まったく歓迎されないものが大量に生み出されるようになった。抗生物質耐性菌だ。
これらの致死性のある新しい病原菌により、2050年までに1,000万人が死亡する恐れがあると推定されている。どうしてこのようなことが起きたのか。これはどうしたら終わるのだろうか。
これらの問いは、科学ジャーナリストのマリン・マケナが、最新の著書『Big Chicken』(2017年9月12日発売)で問いかけているものだ。
マケナは、抗生物質が効かず院内感染などを引き起こすMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に関する著書『SuperBug』で知られており、一時は『WIRED』US版で細菌に関するブログを書いていたこともある人物である。
マケナは、入念な調査による詳細な記述を通じて、米国の食品体系における抗生物質の起源を突き止め、抗生物質が農産業全体に急速に広まり、最終的に破滅的な影響を及ぼし得るようになった経緯を追跡している。
暴走した科学が誤った方向に進むという典型的な話であり、米国人が大好きな食品についてちょっと変わった歴史書ともいえる。
ただし、この本を読んだあとは、もう二度と鶏肉を食べたいと思わなくなるかもしれない。
『WIRED』US版:あなたはこれまで10年以上にわたって、抗生物質耐性菌の増加について書いてこられました。これが実際には鶏肉産業に関する話だと気づいたのは、いつごろですか。
マケナ:そのアイデアは、7年前に書いた前の著書である『Superbug』に取り組んでいたときに始まりました。あのプロジェクトに参加したとき、わたしはMRSAの流行には2種類あると考えていました。ひとつは、病院で発生したもの。これは抗生物質時代のかなり早い時期までさかのぼります。
もうひとつは1990年代に発生した、より規模が大きくて謎の多い、子どもたちが死亡しプロのアスリートたちの経歴を終わらせた、コミュニティでの流行です。
あのときは、社会として取り組むための備えがまったくできていませんでした。
一方で、取材を続けるうちに、かなりあとになってから、流行は2種類ではなく実際には3種類あったと気づいたのです。
その3つ目が、農場でのMRSAでした。抗生物質に対する耐性ができたのは病院で処方される薬のせいだと人々が非難していたのと同じ時期に、農家では大量の、年間6万3,000トンといった規模の抗生物質が家畜に与えられていたことに気づいたとき、わたしはその理由を理解できませんでした。
それについて詳しく調べるうちにわかってきたのは、どのような場合でも薬の使用は控え目にして注意すべきだと言われるのに、農業ではそれが日常的に忘れられているということでした。そのような認識の不一致があるときに、とてつもない話が出てくるものです。
WIRED:それは例えば、米国で一時、「アクロナイゼーション」(鶏肉などを出荷前に抗生物質の液に浸すこと。
「Acronize」は抗生物質の一種)が熱心に行われていたときのことですか? あれは実に驚きでした。
マケナ:あれはいまでも信じられません。1950年代と60年代初めにアクロナイゼーションがどれほど広範に行われていたか気づいたとき、こう思ったことを覚えています。
「当時の人たちは、米国のすべての鶏肉を抗生物質の液に浸けてからパッケージに密封し、こうすれば商品棚に1カ月置いても悪くならず、人が食べても大丈夫だと本当に思っていたのだろうか。彼らは気が狂っていたのだろうか」
あの話は、科学によってわれわれの生活がもっとよくなるという単純な確信が極限まで純粋に蒸留されるとどうなるかをわたしに教えてくれました。
これはどの歴史の本にも書かれてはいません。何かの脚注に関する別の脚注を読んでいるときに偶然見つけたのです。
WIRED:いま読んでみると、確かに彼らは気が狂っていた、あるいは少なくともそれに近い愚か者だったということが明らかにわかります。ただ、大量の抗生物質を家畜に与えることによって何らかの悪い結果が出る恐れがあることを知らせるものは当時あったのでしょうか。
マケナ:実を言うと、個々の話をつなぎ合わせて歴史全体を明らかにしようとしたときに、最も驚いたことのひとつがそれでした。
最初は、農業で無計画に抗生物質を使うことに関する懸念は、かなり新しいものだという印象をもっていたのです。ですから、抗生物質の意図しない結果に関する警告が使用開始当初から出されていたことを知って、ショックを受けました。
1948年以降、10年ごとに誰かが立ち上がり、「われわれは間違っている。これは抗生物質の活動を弱めることになり、人々を病気にする」と何度も警告してきました。
しかし、そのような人はすべて拒絶され、警告は聞き入れられませんでした。最初に実験を行い、成長促進剤として抗生物質を養鶏農家に販売するというこの事業を始めた会社の研究者のなかには、
「こんなことをするべきではない」
と言う獣医たちもいましたが、その発言は上司に封じられました。
一方で、1940年代に導入されたこの方法を始めた科学者や生産業者たちのほとんどは、自分たちの行為は完全によいものだと心から思っていました。
彼らの望みは、食肉を手ごろな価格にすることであり、世界中に食料を提供することであり、第二次世界大戦の被害を修復することでした。
彼らがいい加減だったというわけでもありません。単に、自分たちがやりすぎているのではないかという問いを深く考えなかっただけです。
その理由として、当時は分子レヴェルまで調べることができる機器がなかったことも挙げられますが、単に想像力が欠けていただけだとも言えます。
WIRED:政府当局は当時何をしていたのですか。
マケナ:ジミー・カーター政権による改革の一環として、1976年に米食品医薬品局(FDA)の長官となったドナルド・ケネディは、抗生物質を動物に日常的に使うと何がつくり出されるかについて、40年代以降に公開されたすべてのデータを集め始めました。そして1年後、あらゆる科学的証拠をまとめた結果、すべてにおいて
「それはしてはならないことである」
と明確に示されたのです。
FDAは、米国農業で使われる成長促進抗生物質を禁止しようとしましたが、失敗しました。
それは、別の科学的な見解によるものではなく、経済や政治の力によるものでした。その後、FDAは複数の政権を通じて、科学的見解を無視する努力を続けました。
オバマ政権になってやっと、この議論の条件を変えることが決まったのです(オバマ大統領時代のFDAは2015年、食用の牛や鶏などへの抗生物質投与について、抗生物質の投与は病気を防ぐ目的に限り、成長の促進のための使用を禁止するなどの規制指針をまとめた)。
WIRED:現在はどのような状況になっているのでしょうか。将来については楽観的に考えていますか。
それともわれわれはみな、畜産業によって抗生物質の効かない耐性菌による、ゆっくりとした痛みを伴う死を迎える運命にあるのでしょうか。
マケナ:それについては、占いに使うおもちゃの「マジック8ボール」と同じく、「はっきりとはお答えできません。もう少ししてからまた尋ねてください」としか言えません。一方で、鶏肉を巡って米国社会で起きたことには、とても勇気づけられています。科学と農業が何十年にもわたって膠着状態にあったなかで、連邦によるいかなる措置よりも早く、消費者運動が起こりました。
2013年には不買運動が起こされ、抗生物質を日常的に使用して育てられた食肉は支持しないという意志が明確に示されました(米国では、社会的圧力の結果、マクドナルドやサブウェイ、ウェンディーズ、タコベル、KFCなどの人気レストランチェーンは、抗生物質を使用して育てられた肉の提供を段階的に廃止すると発表している)。
科学的信念の仕組みや規制の仕組み、市場動向の仕組みは大規模で複雑ですが、それでも方向転換は可能であることが示されたのです。
それでも、西欧諸国における豚や牛、あるいはグローバルサウス(発展途上国および地域)における家畜農業で、今後何が起きるかはわかりません。現時点では、抗生物質を使わない食肉を求める運動の多くは先進工業国だけのものです。
この問題は、温暖化問題とよく似ています。温暖化問題に関しては、燃費の悪いクルマやエアコンは地球によくないから所有してはいけないといわれます。
抗生物質問題では、間違いをしていたことがわかったので、大きくて肉汁たっぷりのステーキを食べてはいけないというわけです。
でも人々はこう答えるでしょう。
「われわれの人口は増え、人々は肉を食べたがっています。これは肉を生産する最も効率的な方法だ。われわれの国民に対して、自分たちがこれまで享受していたものを食べてはならないと命じる資格が、あなた方にあるのですか」
彼らの言う通りです。
ですから、やることはまだたくさん残っています。