Quantcast
Channel: blog化学
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2255

学業達成遺伝子の存在?

$
0
0
史上空前のDNA調査で見つかった「学業達成度に関する遺伝子」

110万人分のデータから分かったこと
 
  2018.08.02  gendai.ismedia.jp    小林 雅一
 
 史上空前の大規模なDNA解析調査によって、人の学業達成度に関係する1200箇所以上の遺伝子が発見された。
 
 
これまで、いわゆる「双子調査」などから、(最終学歴など)学業達成度は(家庭環境などと並んで)遺伝的要因に左右されると見られていたが、それに関する多数の遺伝子が判明したのは、今回が初めてとなる。
 
が、こうした研究成果に対しては「(危険な)優性思想の復活につながる」との懸念も囁かれている。
 
 
110万人分のDNAデータを解析

今回の研究を実施したのは、米国のミネソタ大学やコロラド大学等の共同チーム。
 
彼らは2011年頃から(他の科学者らによって)収集され始めた米英2ヵ国約74万人分のDNAデータ(=ゲノム)と、米国の遺伝子検査会社23andMeから(ユーザーの同意を得て)提供された約36万人分のDNAデータを足し合わせた。
 
ここから得られた約110万人分に上るDNAデータを「GWAS(全ゲノム関連解析)」と呼ばれる手法で解析し、それによって「学業達成度(Educational Attainment)」に関連する1271箇所のSNPを見つけ出した(ただし今回の調査対象となったのは全て欧州系の先祖を持つ人のDNAデータで、アジア系やアフリカ系などは含まれない。より普遍的な研究成果を導き出すためには、今後、こうした人々のDNAデータも含める必要がある)。
 
ちなみにSNPは「Single Nucleotide Polymorphism(一塩基多型)」の略で、これは人のゲノム(DNA)を構成する約32億個の文字(G、A、C、Tのいずれか)のうち、特定の場所(遺伝学の専門用語では「遺伝子座」と呼ばれる)にある文字(塩基)が人によって異なることだ(図1)。
 
イメージ 1
 
 
このSNPは厳密には「遺伝子」と完全に重複する概念ではないが、人間の能力や外見、性格など何らかの形質を生み出すという点では、両者はほぼ同義と考えても、それほど間違っているわけではない。
 
 
  学位取得率や留年率との高い相関性

同様の研究は、実は以前にも行われている。2016年に南カリフォルニア大学で実施された研究では、約30万人分のDNAデータをGWASで解析し、ここから学業達成度に関係する71箇所のSNPを見つけ出した。
 
しかし、こうしたSNPは全部で1万箇所以上に及ぶと見られており、その中から71箇所程度を探し当てただけでは、何らかの意味ある結論を導き出すのは難しかった。
 
ところが今回、ミネソタ大学などの共同研究チームは、解析対象となるDNAデータの数を110万人分へと大幅に拡大することによって、学業達成度に関する1271箇所ものSNPを見出すことに成功した。これは、この種のSNP全体の約11%に当たると考えられている。
 
  共同研究チームは、これらのSNPデータを合算して「Polygenic Score」と呼ばれる一種の指数を編み出した。
 
この指数を使って、4775人のアメリカ人を対象に分析したところ、指数の下位20%(下から20%)に属する被験者の大学卒業率は12%だったが、上位20%(上から20%)に属する被験者では同57%に達した。
 
また同じく指数の下位20%では(高校や大学などにおける)留年経験率が29%に達したのに対し、上位20%では同8%に過ぎなかった。
 
さらに、今回の調査では脳科学的な分析結果も導き出している。
 
それによれば、学業達成度に関与する多数のSNP(≒遺伝子)はDNA上でランダムに分散しているわけではなく、脳を構成する無数のニューロン(神経細胞)が外部からの刺激に応じて、相互接続する際に機能する遺伝子にリンクしているという。
 
このように「何らかの刺激(情報)に対応するニューロン接続」は、従来から脳科学の分野で提唱されている学習過程その物であり、今回の大規模なDNA解析調査は図らずも、それを裏付けた格好になる。
 
 
個人・政策レベルの研究ではない

しかし冒頭で紹介したように、この種の調査研究はその動機からして「優性学(eugenics)」のような危険思想との誤解を招きかねない。
 
優生学、あるいは優性思想とはもともと、19世紀・英国の知識人で、(進化論で有名な)チャールズ・ダーウィンの従弟でもあるフランシス・ゴルトンが最初に提唱した考え方とされる。
 
当時、彼が生きた英国の上流社会には、たとえばマイケル・ファラデーのように貧しい家庭に生れ、正規の学校教育を受けることなく、独学で電磁気の基礎理論を構築し、後に王立実験所長にまで上り詰めた人が散見された。
 
このためゴルトンは「人間の能力は育ちよりも、生来の資質に左右される」と考え、この点を強調することで人類の進歩を促そうとする社会運動を始めた。これが優生学の始まりと言われる。
 
つまり最初は身の回りの観察から生まれた無邪気な思想だったが、これが20世紀に入るとナチス政権による人種隔離政策やユダヤ人虐殺などへの口実として使われるようになった。
 
このため優生思想は第二次世界大戦後にタブー視されたが、他方で日本の旧優生保護法(1948~96年)のように、政策的には近年まで持続するケースも見られるなど極めて根深い問題だった。
 
さらに学問の分野でも、たとえば「双子調査」に代表される行動遺伝学などでは、どうしても「能力や性質」と「遺伝」との関係には踏み込まざるを得ないため、こうした分野に属する研究者は自身が優性思想の支持者でないこと、あるいは自らの研究テーマの正当性を訴えることに腐心してきた。
 
今回の大規模なDNA解析調査にも、そうした面は見られる。これを実施したミネソタ大学等の研究者らによれば、今回の調査結果は個人・政策レベルの話ではなく、あくまで(家庭環境なども含めた)学業達成度に関する科学的・統計的な知見の一部に過ぎない。
 
これがまかり間違っても「個人の最終学歴を遺伝子から予想する」といった動きに結び付くことがないよう釘を刺している。
 

Viewing all articles
Browse latest Browse all 2255

Trending Articles