透明マントの開発、格段に進化:戦闘機も隠せる可能性も
2014.4.15 TUE wired.jp
セントラルフロリダ大学の研究チームが、可視領域の光を、従来よりも広い面積にわたって制御するナノ構造体の作製に成功した。戦闘機のような大きな物体を隠すことも可能になるかもしれない。
TEXT BY OLIVIA SOLON
IMAGE BY SHUTTERSTOCK
TRANSLATION BY TOMOKO TAKAHASHI/GALILEO
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WIRED NEWS (UK)
セントラルフロリダ大学の研究チームが、いわゆる「透明マント」の開発で革新的な成果を上げた。可視領域の光を、従来よりも広い面積にわたって制御するナノ構造体の作製に成功したのだ。
透明化技術はこれまで、マイクロ波などのごく限られた波長域でのみ可能だった(なお、現実の透明化技術は、周囲の光を曲げることで物体を覆い隠すものが多く、したがって、見た目は透明というより、映画『プレデター』のような、液体の鏡に覆われた感じになる)。
デバシス・チャンダ率いるセントラルフロリダ大学の研究チームは、物体を見えなくする、漁網のような網の目構造のメタマテリアル(正確に言うと、負の屈折率のメタマテリアル)を作製し、『Advanced Optical Materials』の3月号で発表した。
このメタマテリアルは、銀と誘電体の複合膜を、ナノトランスファー(ナノ転写)プリンティングと呼ばれる技術を用いて、フレキシブル基板上に、広い面積にわたって転写したものだ。
複合膜を多層に重ね、漁網のような網目状のナノスケールパターンを作ることで、可視領域の光を制御できるようになっている。つまり、3次元空間における電磁波の共鳴を、構造操作によって制御することで、光の伝播の精密な制御を可能にしている。
この技術を用いることで、従来のミクロン単位に比べて大きな面積(4cm四方)の素材を作製することができた。
チャンダ氏はWIRED UKの取材に対し、今回の研究の最も重要な部分は、「実用向けに、広い面積にわたって(負の屈折率のような)人工的な光学特性をもたせた」ことだと述べている。
「プロセス制御のレベル向上と、高度なプリンティング技術の発達」
によるものだ。それでもなお、
「大面積で作製されたパターンの質の高さと均一性」
にチャンダ氏は驚いたという。
「単純なプリンティング技術を使って、このような大面積のメタマテリアルを作製できることは、ナノスケールでの人工的な光学応答を利用した、画期的デヴァイスの実現につながる」
とチャンダ氏は述べている。
チャンダ氏のチームは、今後さらに研究を進めることで、戦闘機を覆い隠すのに使える、大面積の「透明マント」開発に成功する可能性がある。この分野ではほかにも、デューク大学の電気工学チームが、3Dプリントしたポリマーを使ってマイクロ波を屈折させる透明マント技術を開発している。
また、BAEシステムズは2011年に、赤外線カメラ向けの「光学迷彩」技術「Adaptiv」を発表している(日本語版記事)。
この技術を使えば、熱追尾式ミサイルや赤外線カメラなどから車両等を見えなくするだけでなく、戦車を牛に見せかけるカモフラージュ映像を表示することも可能になる。
透明マントの議論はここ数年
nikon.co.jp/channel/light/chap04/sec05/
後ろからの光が曲がってモノを迂回すればモノの後ろの景色を見ることができる。前からの光が反射・散乱されなければ、モノの姿を捉えることはできない。
あったらいいなと思うすべてのことが科学的研究になるわけではない。
透明マントという魅力的なものは物語には昔から出てきてはいたが、現実のものとして科学的に議論されるようになったのはごく最近である。口火を切ったのはイギリス、インペリアル・カレッジ・ロンドンのジョン. B.ペンドリー教授のグループだった。メタマテリアルという特殊な物質を研究していたペンドリー教授のグループは、2006年、メタマテリアルで透明マントができると発表した。
透明マントでモノが見えなくなるしくみは、「なぜモノが見えるのか」を考えるとわかりやすい。“モノが見える”(モノの存在を目で確認できる)原因は、主に2つある。
1つはモノが、その後ろ側から来る光を遮ること。
もう1つは、モノが受けた光を反射・散乱し、その光を私たちの目がとらえることだ。
もし、この2つの作用を消すように光をコントロールできれば、モノがそこに存在しないかのように見せることができる。それを可能にするのがメタマテリアルだ。
メタマテリアルは、自然界にある物質に、本来の能力を超えるような性質や機能をもたせるように“設計した物質”である。目的の性質や機能に合わせて、物質に非常に小さな構造をつくり込んでいく。
ペンドリー教授が透明マントの理論を発表した2006年、アメリカ、デューク大学のデイヴィッド・スミス教授とデイヴィッド・シュリグ教授が、可視光より波長の長い「マイクロ波」の領域で、透明マントになるメタマテリアルの開発に成功した。
この透明マントでは、グラスファイバーの上に細い銅線で細かな幾何学的な模様がつくり込まれている。もしも、このメタマテリアルで雨雲を覆ったとすると、気象レーダーには雨雲が映らなくなる。気象レーダーはモノの検出にマイクロ波を使うからだ。
透明マントをつくる物質は
下にいくほど濃い食塩水の中を通るとき、写真のように光は曲がる。このように光を曲げるのは簡単だが、巧みにコントロールするのは難しい。
人間の目に見えないようにするには、可視光領域での透明マントが必要だ。
可視光はマイクロ波と同じ電磁波(電場と磁場の両方をもつ波)だが、マイクロ波に比べて波長がとても短いので操るのが難しい。しかし、その原理は明らかになっている。
光を巧みに迂回させるためには、透明マントの屈折率を絶妙にコントロールする必要がある。中心部の屈折率を低くし、周辺部に近づくにつれ高くしていき、空気と接する境界部では空気と同じ屈折率1.003にする。
写真のように、屈折率を変えること自体は難しくないが、それを絶妙にコントールして透明マントにするには、あらかじめそのように設計したメタマテリアルを使うしかない。
また、透明マントは、表面での光の反射をゼロにしなければならないが、自然界にはそのような物質は存在しない。そこで、メタマテリアルの登場となるのだが、世界で初めて
「光をまったく反射しないメタマテリアル」
を提案したのは、理化学研究所准主任研究員の田中拓男氏だ。
物質にはそれぞれ固有の屈折率(n)があり、それによって物質の中の光の進み方が決まってくる。
屈折率は、比誘電率(ε)と比透磁率(μ)で決まるが(n=√ε×√μ)、比誘電率は物質と光の電場との関わり合いの大きさを、比透磁率は物質と光の磁場との関わり合いの大きさを示している。
ガラスやプラスチックなど母材となる樹脂の中に、金属でできたナノサイズのコイルをあらゆる向きに多数つくり込む。光が通ることによって、コイルに電流が流れる。
この電流によってつくられる磁場は、光の磁場に働きかけることができるので、比透磁率が変化する。これを使えば、屈折率の分布を自由に設計することができ、進行方向など、光を自由に操れるようになる。
自然界には、なぜか光の磁場と関わり合う物質が存在せず、どんな物質の比透磁率も1.0である。
ところが、田中氏は比透磁率を1.0より大きくすることで、光をまったく反射しないメタマテリアルをつくれることを見出したのだ。
田中氏がつくるメタマテリアルは、金属でできたナノサイズのコイルをたくさんつくり込んだ構造体だ。デイヴィッド・スミス教授のメタマテリアルと比べて桁違いに小さい構造からできているのは、マイクロ波よりも波長の短い可視光の比誘電率や比透磁率を変えるためだ。現在、可視光よりやや波長の長い赤外線領域で機能を発揮するメタマテリアルの開発に取り組んでいる。