東大でもかって腕の良い法医学教授が見つからず(東大生は手が不器用?)、知り合いのTさんが抜擢されたことがある。
秋田、青森は新幹線開業で過疎化が激しく大変である。
司法解剖: 准教授退任で後任見つからず 青森は近県頼りに
毎日 2015年02月18日 23時38分
弘前大学大学院医学研究科の講座で司法解剖を担当している阪本奈美子准教授が今年度末で退任し、青森県内で司法解剖ができなくなる。
18日に同科の教授会が開かれ、中路重之研究科長が早期の補充を目指す考えを示したが、法医学の教授は全国的に少ない。
すぐに後任が見つかっても着任は早くとも6月ごろになるという。県警は3月以降、司法解剖を秋田大や岩手医科大に依頼する方針。
法医学講座では、県警の嘱託を受け、事件性の疑いのある遺体などの司法解剖を行っている。
県内で司法解剖を行っているのは、同大だけ。昨年6月に男性教授が退任してからは、阪本准教授が1人で担当していた。
同大では2010年度にも約1年間、教授の負担増で司法解剖受け入れを休止していたこともあり、その間も県警は秋田大や岩手医科大に依頼していた。
阪本准教授は11年4月に着任。今年3月31日付で退任し、4月からは東京都の杏林大保健学部救急救命学科の教員に転出する。弘前大は教授を募集していたが、1月末の締め切りまでに応募はなかった。
弘前大によると、同大での司法解剖の件数は11年度146件▽12年度204件▽13年度216件−−と、年々増加傾向にある。現在の弘前大のように1人体制で行っている大学も多い。医学研究科の亀谷禎清事務長は
「危機感を抱いている。早く解消したい」
と話す。
県警捜査1課の半澤一人次長は
「捜査に影響が出ないようにしていく」
とするが、
「秋田や岩手まで遺体を運ぶとなると、距離や時間がかかる」
と懸念も示した。
【石灘早紀】
佐久間哲夫『恐るべき証人-東大法医学教室の事件簿』
(悠飛社)
発行:1991.5.20
geocities.jp/hyouhakudanna/cclist/list85
東京大学医学部法医学教室は1890年(明治21年)に、日本の法医学の草分けとして開設された。
以後、
初代片山国嘉、
二代目三田定則、
三代目古畑種基、
四代目上野正吉、
五代目三木敏行、
六代目石川夫、
七代目高取健彦
と受け継がれてきた(1991年当時、プロローグより)。
法医学は、近代の犯罪、警察、裁判の歴史に重要な役割を果たしてきた。ベテランの刑事でも見落としそうな僅かな物が、犯人を特定する大きな証拠となることもあった。殺害場所、死亡推定時刻、凶器の判定、犯罪者が残した指紋、足跡、髪の毛などの鑑定etc. いずれも犯人を特定する有力な手掛かりである。だからこそ、鑑定には公平さが要求されるし、予断が入る隙間はない。
ところが日本の裁判史上を見ると、必ずしも“科学的正確さに基づいた判定”とはいえない鑑定が存在する。
重大事件には、法医学者の鑑定により正反対の結論が出たものもある。有名なのは下山事件だ。東大古畑教授の鑑定は死後轢断との所見であった。
しかし慶応大学中館教授、名古屋大学小宮教授は生体轢断と表明した。
そして有名な、自殺・他殺論争が始まった。警視庁の結論は“自殺”であったが、これはむしろ捜査を打ち切るために出した結論といえる。現在では“生体轢断”、すなわち自殺との判断が有力となっている。