大学教科書の印税も3割で教員にとっては売れると助かるものである。3人で執筆して45万円なら一人15万円の臨時収入である。
2015年11月26日(木) 伊藤 博敏 gendai.ismedia.jp
教科書営業が過熱するにはいくつかの理由がある。
まずは少子化だ。教科書協会によると、1985年に約2億1909万冊だった需要数は、2014年には1億2600万冊と過去30年間で約4割も減っている。
少子化のあおりをもろに受けている。
パイの縮小に加え、4年に1度の採択という制度が教科書会社の焦りを募らせる。義務教育の教科書無償給与制度により、教科書は国の買い取りで児童生徒に無料で配布。ちなみに14年度の買い取り予算は413億円に上る。
「4年に1度の採択で選に漏れれば、その後の4年間は食いっぱぐれになり、経営を左右する要因にもなりかねない」
と、教科書会社の営業担当者は、必死の営業につながる業界の特殊事情を指摘する。
三省堂側は問題が発覚した10月30日、報道陣から「校長らに謝礼を渡したのは教科書採択で便宜を図ってもらうためではないのか」との問いに、「そう思われるかもしれないが、採択とは関係ない」と否定したが、教科書業界でその発言を額面通りには受け取る人はいない。
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年のサイクルで採択を迎える教科書。1年目に教科書会社が教科書を編集、2年目にそれを文部科学省が検定し、3年目に検定合格した教科書を各自治体の教育委員会が採択し、4年目に各学校に配布される、という流れとなっている。
三省堂の行為がとりわけ問題視されるのは、謝礼を渡した11人の校長らのうち5人が、その後教育委員会の教科書採択に助言する立場の「調査員」に就任していることだ。
確かに、校長らが検定中教科書にアドバイスし、対価を受け取ったのは教育委員会による採択の1年前のことであり、収賄行為に問うことは出来ない。現金の授受があった時点では、校長らが調査員になることは決まっていないからだ。
ただし、長年の教科書営業の中で校長らとコネクションができるようになると、調査員候補の目星はつくようになるという。
とりわけ、調査員予備軍の有力校長は、地方の教育界では数年前からほぼ固まっており、「唾をつけておいて接待などを通じて囲い込むのは営業の常套手段」と教科書会社OBは業界の内幕を漏らす。
三省堂が今回、現金を渡した11人は各地方で英語教育に定評のある教員ばかりで、教科書採択でキーパーソンを抑える上で「11打数5安打」の好成績を残したといえる。
実際、5人が調査員などになった自治体のうち、大半で前回に続く継続採択を勝ち取り、各教科の中でも競争が激しい英語教科書市場でシェアを落とさずに済んだ。
代償は、三省堂はもちろん教員側も支払った。
三省堂の現金工作は、検定中の教科書コピーを添えた告発文が文科省や11人が所属する教育委員会に届いて発覚。
校長らは本来行うべき教育委員会への「外部業務に関する届け出」をしておらず、相次いで処分を受けている。
これまでも、教科書採択の現場は教育委員会と教科書会社との癒着の舞台であり、贈収賄事件を引き起こしている。
業界で有名なのは、三重県尾鷲市教育長が採択で便宜を図る見返りに、大阪書籍から賄賂を受け取った汚職事件。名古屋地検は2003年11月6日、尾鷲市教育長が、2002年度の教科書として大阪書籍の教科書を採択するよう便宜を図った見返りとして、01年6月と9月、大阪書籍の東海支社顧問などから現金計20万円を受け取ったとして収賄罪で起訴した。
教員にとっても「名誉なこと」
以降、教科書業界は、表向きは襟を正したものの、水面下での手口は巧妙化している。教科書編集へのアドバイス料名目で図書券を渡す、あるいは、各科目の有力な若手教員に、教科書会社の雑誌に寄稿してもらい、原稿料で支払う……。
すべての口実は「教科書改善のため」だが、教科書会社の本当の狙いは採択で有利になるような中長期的な人脈形成だ。教員にとっても、教科書会社と接点を持つことは業界で名声を高める一歩となり、将来的には教科書の執筆陣に加われる芽もでてくる。
教科書会社OBは、教員側の思惑について、こう指摘する。
「教員にとって教科書の編集陣に加入することは、その教科のプロフェッショナルの証であり、自らの指導方法を拡散できる絶好の機会となる。あまり知られていないが教員にとって自前の教材づくりは夢であり、これほど名誉なことはない」
教科書会社と教員が、欲と名誉とポジションを絡み合わせて競い合う場だけに、体質改善は容易ではないが、「吾日三省吾身(われ日に三度、わが身を省みる)」という論語の言葉を社名とする三省堂に、本気の改善策を期待したい。