3 代謝
マンガンの吸収、体内での分布、排泄については、最近数グループにより研究されている。
マンガンの吸収は吸入、経口、経皮的に起こる。
この中で特に重要であるのは経気道吸収である。吸入による障害で慢性マンガン中毒の発生がみられ、これには中枢神経系障害と肺炎がある。
消化管からのマンガンの吸収に関してはあまり知見がないが、排泄は通常胆汁を介する糞便中への経路による。この胆汁マンガン排泄はマンガンの欠乏あるいは過剰摂取時の1つの生体指標になり得る。
腸管壁からの分泌による排泄も知られており、これらの排泄がホメオスタシス維持に有効に働いており、吸収での調節の役割は少ない。
3.1 気道経路での吸収
ヒトがマンガン中毒を発症するような事例では、経気道によるマンガン吸収が主要な吸収経路である。また、わずかであるが皮膚からの吸収による事例報告もある。
経気道吸収による中毒では慢性マンガン中毒(chronic manganism)が見られ、原則的には中枢神経系障害による精神障害を初発症状とすることが多い。
高濃度のマンガンダストに暴露されることが原因で、数箇月暴露で中毒となることもある。また、このような場合、マンガン肺炎(manganic pneumonia)の発生もしばしば見られる。これは大葉性肺炎の型をとり、抗生物質には反応しない。
肺炎が平均してどの程度のマンガン量で発生するかは不明であるが、チリのマンガン鉱山の鉱夫を対象とした圧縮空気ドリル作業者の調査では、約5,000粒子/m3 空気下作業で、平均178日で肺炎が見られている。
ソ連やノルウェーの調査では、鋼鉄製造工場やマンガン合金製造工場地帯近辺の一般住民で高率に吸入性中毒の発生が見られている。なお、慢性マンガン中毒とパーキンソン症候群の症候類似性はCotziasらによって詳しく報告されている。
3.2 消化管経路での吸収と排泄
Greenbergらは放射性マンガンを用いた実験で、ラットでの経口投与による吸収率はわずか4%であることを示した。しかも、吸収されたマンガンは早期に胆汁中に現われ、糞便中に排泄されることを示した。
また、注射されたマンガンは急速に血流中から消失する。BorgとCotzias はこの消失には三つの相があり、最初の最も急速な相は通常の小血管透過による移動と考えられるものであり、第二の相はマンガンがミトコンドリアへ移動するものであり、最も遅い相はこの元素の核への蓄積沈着によるものであることを示した。
動物での血中からの消失速度パターンと肝の摂取速度パターンはほとんど同一であることから、両マンガンプールは急速に平衡に達し、また体内マンガンは極めて移動し易い状態にあることが解かる。
ただし、実際には消化管からのマンガンの吸収機構についてはほとんど解かっていない。マンガンの吸収に関するデータの大部分は動物実験に基づくものであり、ヒトでは主として臨床的観察や疫学的調査に依っている。
一方、マンガンの排泄に関しては、種々の動物やヒトでの研究により、大部分が数種の経路を経て、消化管より排泄されることが確認されている。
すなわち、マンガンの排泄は腸管壁からの分泌と胆汁中への排泄によるものである。各経路は互いに関連し合い、体内組織中マンガン濃度の調節と恒常性(ホメオスタシス)の維持に有効に働いている。各組織で見られる組織中マンガン濃度の恒常性は、吸収調節によるよりもむしろこのような排泄調節機構によるものである。
通常の状態では、胆汁が排泄の主要経路であり、基本的な排泄調節の役割を担っている。このことは、胆汁中の総マンガン濃度が胆汁中のビリルビン含量と高い相関を示し、またマンガン投与に相関して有意に増加することからも確認される。
一方、膵、十二指腸、空腸、回腸からの排泄もみられるが、これらはマンガンの腸肝循環が過負荷で飽和した時などの補助的経路として役立っているものと考えられている。マンガンの尿中排泄量は極めて少ない。MahoneyとSmall はヒト体内からの標識マンガンの排出を二つの排出曲線で表わし、一つは注射されたマンガンの70%が平均半減期39日で排泄される遅い経路で、他は半減期4日という早い経路で排泄されることを示している。