連日30℃を超える暑さで外での農作務が困難になって来た。所謂、熱中症の状態である。暑さで心臓もドキドキするし、頭痛も寝ていても取れないのである。
化学者であるので、自分のこの熱に対する弱さをカバーしようと考えた。水分補給も塩分補給も結構であるが、まず炎天下の体を冷やさなければならない。そこで頭に手のひら大の氷を一つ載せて帽子を被り、首に2個の氷をタオルで包み巻くのである。
アレ不思議、これで頭痛も解消し炎天下でも平気で作業できるのである。もちろん水分補給は行なう。腕への水のスプレーなども良いらしい。米陸軍の水濡れのTシャツを着るのも高温環境で夜作業する郵政の非常勤の若者に人気である。
日本人は汗腺の絶対量が少なく、それがワールド・サッカー大敗の原因の一つなのかも知れない。
さて、なぜ私のように熱に弱い人々がいるのかを東京医科大の行岡さんに聞いてみよう。
どうも高温環境でATP合成が出来なくなるタイプの人が遺伝的にいるらしい。
熱中症を引き起こす仕組みと予防、
および重症化しやすい体質について
東京医科大学 救急医学講座主任教授 行岡哲男
熱中症は、高温・多湿な環境のなかでは誰でも発症する可能性があります。特に激しいスポーツの最中や厳しい労働環境の中、または高齢者や子供が注意をしなければなりませんが、家の中や、体力の十分にある大人でも発症する危険性があります。
一方、最近の研究では、熱中症で体温が40℃を越える状態が続くと、病状が悪化しやすい体質の人がいることが分かってきました。
とはいえ、体質の如何を問わず、熱中症は「予防」が大切です。節電に配慮しつつ、環境を整え、水分と塩分の摂取に留意して、熱中症を退け、共に夏を乗り越えましょう。
以下では、熱中症が引き起こされる仕組みと予防策、そして熱中症が重症化しやすい体質について遺伝子レベルでの研究成果を含め、Q&Aの形式で説明します。
Q1:暑くなると、なぜ汗が出るのでしょうか?
A : 人の体温は、皮膚で計ると36.5℃程度、内臓や血液では37℃程度に調節されています。この血液の温度は脳で常にチェックされています。室内外を問わず、周囲が暑くなると体温も上がっていきます。
この変化をキャッチした脳は、皮膚に汗を出す指令を送ります。
皮膚表面の汗は、蒸発するときに熱(気化熱)を体から奪います。この結果、体が冷やされることになり、体温が元に戻ります。つまり、暑くなると汗が出るのは、脳が体を冷やすように指令を出しているからなのです。
木陰のそよ風や扇風機の風が心地よく感じられるのは、風により皮膚表面から汗の蒸発が促され、より多くの蒸発熱により体が冷やされるからです。
Q2:汗をかいたときには、水分だけでなく塩分の補給も必要でしょうか?
A : 汗を出すには、当然のことですが水分が必要です。ですから、暑い環境では水分補給が必要になるわけです。そして、汗の量が増えるほど、汗に含まれる塩分の濃度は高くなり、量も多くなります。
こうした場合、塩分を含まない水分だけを補給していると、当然ながら体の塩分が少なくなってしまいます。これが、汗を大量にかくような環境では、水分だけでなく、塩分を補給することが必要な理由です。
特に、若い人が暑い環境下で激しいスポーツや仕事をする場合、大量の汗をかくので、水分とともに十分に塩分を摂ることがより重要です。
具体的には、スポーツドリンクなどが水分と塩分の補給には便利です。なお、お茶は塩分を殆ど含みません。
Q3:熱中症にはどのような症状があるのでしょうか?
A : 熱中症は高温環境を前提とします。この環境下で起こる病的状態の「総称」が熱中症です。
これを「発汗なし~大量発汗」と、体温「平熱~高熱」の2軸で分けます。
こうすると、以下の図ように、熱中症は、
「日射病」、
「熱けいれん」、
「熱疲労」、
「熱射病」
「熱けいれん」、
「熱疲労」、
「熱射病」
に区分でき、「熱射病」は他のタイプが重症化した最終的な病像であり、生命に危険がおよびます。
高温環境で「発汗が大量」なら体は熱の放散( 体の冷却 )を懸命に行っており、一方、高温環境にも関わらず「発汗なし」は熱の放散( 体の冷却 )をしていない、ということです。
高温環境にも関わらず「体温が平熱」なら、十分な放熱により体に熱がたまっていないということになります。
この状態で頸部や頭部が太陽光で温められ、相対的に頭皮等の血流が増えるなどの理由で、気分が悪くなるのが「日射病」です。
「熱けいれん」(小児の「熱性けいれん」とは異なります)は、若く健康な人が高温環境で運動等をして、大量の汗をかき、水だけを飲んだ場合に典型例が起こります。
体温が平熱から微熱程度に上昇し、やがて高温となれば「熱射病」となります。
水ばかりを大量に補給すると塩分が薄まり、筋肉に痛みが出て、あちこちの筋肉でけいれんのような状態(れん縮)を起こし「熱けいれん」という特徴的な病状となります。
「熱疲労」は高齢者に特徴的で、汗があまり出ず(汗腺も少なく、汗を出せない)状態で体温がじりじりと上がります。ほとんど汗が出ない場合もあり、この場合は急速に体の中に熱がたまり、やがて「熱射病」となります。
「熱射病」では、意識障害やけいれん、さらに多臓器不全が起こります。
Q4:熱中症で体温が上がってしまうのはどうしてでしょうか?
A : 熱中症になると必ず体温が上がるわけではありません。脳の指令により発汗して、体温を下げる効果が有効である限り(日射病のように)、体温は上昇しません。
しかし、発汗で失う熱(気化熱)よりも、さらに多くの熱が周囲から体内に取り込まれる状態が続くと、次第に体温が上がり始めます。
若い人でもしっかりと水分と塩分を補給して、汗を大量にかいても環境が苛酷であれば、体を冷やすことができず体温が上がります。
一方、高齢者では汗を出す汗腺が、年を重ねるごとに少なくなっています。
大量の汗により体を冷やすことが若い人達のようにはできないのです。このため、高温環境では体温が上がりやすくなります。
高温環境では、発汗による水分や塩分の喪失を補うことは全ての年齢層で重要ですが、汗腺が少なく大量の汗を出すことができない高齢者では、体温を上げないために環境に配慮することがより重要になります。
体温が上がっても、発汗していれば脳の指令により体を冷やそうと努力していることが分かります。しかし、体温が上がっていても発汗が無い場合は、体温の調節が出来ない状態になっている可能性があります。
Q5:インフルエンザなどと熱中症とでは体温上昇の仕組みが違うのでしょうか?
A : インフルエンザや肺炎などでは、ウイルスや細菌の感染によって色々な物質が血液に出てきて、これが脳の体温の設定温度(通常は血液の温度で37℃)を上昇させてしまいます。
これによって、たとえば、脳の体温設定温度が39℃になれば、血液の温度が39℃になるまで、脳は汗を出す指令(=体温を下げる指令)を出さなくなるのです。
この結果、血液の温度が39℃という発熱状態となります。
ところが、熱中症では、基本的には脳の体温設定温度は正常のまま、過酷な高温環境や、汗腺の減少によりうまく体が冷やせなくなることで、体温が上がってしまうのです。
Q6:熱中症では解熱剤が効かないというのは本当でしょうか?
A : インフルエンザや肺炎による体温上昇(発熱)は、解熱剤で熱が下がります。しかし、熱中症では、解熱剤が効きません。
解熱剤の効果は、異常に上昇してしまった脳の体温設定温度を、正常(血液の温度で37℃)に戻すことにあります。
ですから、ウイルスや菌の感染により発熱した人では、解熱剤により脳の体温設定温度が正常(血液の温度で37℃)に戻ることで発汗が起こり、体温は下がります。
ところが、熱中症では、基本的には脳の体温設定温度は正常であることから、解熱剤の効果は無いということになります。
Q7:熱中症で特に危険な状態は?
A : 「汗が出ず、体温上昇」です。高温環境にもかかわらず汗が出ていないということは、もはや汗も出せないような脱水状態か、脳が機能障害に陥り発汗の指令を出さなくなった可能性が考えられます。
いずれにせよ、高温環境に対応する力を失ったことを意味しますから、汗が出ていない状況で体温が高ければ、さらにどんどん体温が上昇する危険があります。速やかな対応が必要です。
Q8:体温の上昇に特に弱い体質の人がいるのでしょうか?
A : 私たちの細胞は、エネルギーを使ってその機能を維持しています。このエネルギーは、栄養素から取り出してATPという物質に取り込まなければ、利用することはできません。このATPは、細胞内にあるミトコンドリアで主に作られています。
最近、体温が40℃以上になると、細胞内のミトコンドリアでATPがうまく作れなくなる体質の人がいることが分かってきました。
また、この体質(生まれ持った体の性質)が、遺伝子のタイプによって決められていることも分かってきました。
こうしたタイプの遺伝子は日本人の13.9~21%が持っているとされます。
Q9:熱中症での体温上昇にも弱い体質の人がいるということでしょうか?
A : 熱中症になり、「体温40℃以上」でかつ「意識障害またはけいれん」があるような重症化した(熱射病)の患者さんで調べたところ、体温が40℃以上になるとATPをうまく作れなくなる遺伝子を持つ人が、45.5 %で確認されました。
熱中症は、高温・多湿の環境で発症しますが、体温が40℃以上にまで上昇したような場合、体質的に重症化しやすい人がいるということです。
ただ、残念ながら、この遺伝子タイプは、研究室での複雑で高度な解析が必要であり、現段階では、病院で一般的に行える検査ではありません。
しかし、この遺伝子タイプの人でも体温40℃以上に上昇しなければ問題は起こりません。したがって、上に述べたような予防策が最も重要であることはかわりないということです。
なお、インフルエンザで発熱し、インフルエンザ脳症という重症な病状となった人でも、46.2%と高頻度でこの遺伝子タイプが確認されています。
Q10:体温40℃以上に弱い体質の仕組みとは?
A : 少し専門的な話になりますが、3大栄養素の一つである脂肪は、脂肪酸という物質としてミトコンドリアに入ることではじめてATP産生に利用できます。この脂肪酸をミトコンドリアに取り入れる役割を担うのがCPTⅡという酵素です。
このCPTⅡが遺伝子タイプによっては、体温40℃以上でその機能が低下する熱不安定型のたんぱく質となることを、徳島大学・疾患酵素学研究センターの木戸博教授らの研究グループが見出しました。
そこでインフルエンザで40℃以上の高体温となり、インフルエンザ脳症として重症化した人の遺伝子タイプを解析すると、CPTⅡが熱不安定型のたんぱく質となる遺伝子タイプを持つことが多いことが分かりました。
この場合、運動を含み通常の生活では全く問題が起こらないのですが、体温40℃以上が続くとCPTⅡの機能低下により、脂肪からのATP産生によるエネルギー確保が難しくなります。
特に、毛細血管の壁である血管内皮細胞はそのエネルギーの70%を脂肪に頼っており、深刻なエネルギー不足の状態が起こりえます。
血管内皮細胞が障害されると、脳では意識障害やけいれんに繋がる可能性もあり、脳だけでなく全身の血管内皮細胞の障害により、多臓器不全のリスクが高くなります。
同じことが、熱中症でも予想されました。そこで、東京医科大学・救急医学講座と徳島大学・疾患酵素学研究センターの共同研究により、「体温40℃以上」でかつ「意識障害またはけいれん」がある重症な熱射病の患者さんを調べたところ、CPTⅡが熱不安定型のたんぱく質となる遺伝子タイプを持つ人が通常(13.9~19.8%)よりも高い割合(45.5%)であることが確認されました。
Q11:CPTⅡが熱不安定型のたんぱく質となる遺伝子タイプとは?
A : たんぱく質としてのCPTⅡを作る遺伝子はCPT2と表記されますが、これは第1染色体に存在します。このCPT2(遺伝子)の1055番目の塩基がチミンからグアニンに置き換わり(1055T>G と表記します)、その結果、高熱によって機能が著しく低下してしまう酵素となります。([1055T>G/F352C] と表記します。)
また、CPT2(遺伝子)の1102番目の塩基がグアニンからアデニンに置き換わり(1102G>A と表記します)、その結果、これ単独では高熱によるCPTⅡの酵素活性低下は起こりませんが、[1055T>G/F352C]と重なることで、高熱で酵素活性が著しく低下することが分かっています。
以上