巨大バイオ企業の舞台裏:モンサントがつくりだす「完全な」オーガニック野菜
遺伝子組み換え作物で物議をかもしてきたモンサントが生み出した、新たな「オーガニック」。
実験室で生まれた甘くておいしい「パーフェクト」な野菜で、モンサントは何を目論んでいるのだろうか? わたしたちの食の未来と安全はどこに向かうのか。(『WIRED』日本版本誌Vol.12より転載)
TEXT BY BEN PAYNTER
PHOTOGRAPHS BY NICHOLAS COPE
TRANSLATION BY YUKI SATO
大いなる試食会
窓ひとつない地下室。壁一面に、採れたての野菜を手にした生産者たちの写真が飾られている。この部屋で、ポロシャツにスラックス姿のモンサントの役員3人が、この日のために特別に用意された昼食を待っていた。
ひとりの給仕が部屋に入り、各役員の前にトマト、モッツァレラ、バジル、レタスが入ったカプレーゼ風のサラダを並べていく。
役員のひとり、デヴィッド・スタークは椅子をテーブルの側へと引き寄せ、フォークを仰々しくつかみ、サラダに突き刺した。
そして、それを口に運び、ゆっくりと咀嚼する。ほかのふたりの役員、ロブ・フレイリーとケニー・アヴェリーも、続いて食べ始める。部屋には、野菜を噛み砕く湿った音が響き渡っていた。
ほどなくして、スタークが顔を上げる。
「いい食感だ。これは消費者が気に入るだろうね。味もかなりいい」
「シュナーックスの野菜よりもいいと思う」
と、フレイリーも感想を述べる。シュナーックスは、モンサントの本拠地セントルイスに多くの店舗をもつスーパーマーケットチェーンだ。アヴェリーはただ満足げな表情を浮かべながら、黙々と食べ続けている。
3人はさらに勢いを増して、次のコースに手をつける。サーモンに、赤・黄・オレンジのパプリカとブロッコリーが添えられたメニューだ。
「レタスが気に入ったね」
とスタークは、ひととおり食べ終わったあとに感想を述べた。フレイリーは、パプリカについて
「生鮮食品業界に大きな変革をもたらすだろう」
とコメントした。
スーパーも消費者も、目新しいものを求めている
実験室でつくるオーガニック
農業に変革をもたらす。
それは、まさにモンサントが取り組んでいることだ。
ビッグアグリカルチャーの代名詞とも言えるモンサントは、いい意味でも悪い意味でも、食料の生産方法に革命をもたらしてきた。
アクティヴィストたちは、その権威的なやり方、つまり同社が権利をもつ種子を再利用した農家を訴えたり、除草剤ラウンドアップに耐性をもつスーパー雑草を世界中に拡散させるといったやり方に嫌悪を隠さない。
ある者には軽蔑され、ある者には賞賛されてきたモンサントの業績。
トウモロコシや大豆といった遺伝子組み換え作物の供給者としては世界最大規模の地位を築いた同社は、自然界がまったく想像もしていなかった性質を作物に組み込んでいく。
彼らが、わたしたちの慣れ親しんだ野菜の新しい品種を社会に送り出そうとするのも、特段驚くことではない。
モンサントで開発されるのは、恐るべき能力と権力を有する生産部署の「創造者」によって、何らかの特性を与えられた野菜だ。
その新種のレタスは、ロメインレタスよりも甘く、歯ごたえがあり、アイスバーグレタスのように長い間新鮮なままだ。
パプリカは、1食分に最適なミニサイズで、食べ残しが出ないように配慮されている。
ブロッコリーには、グルコラファニンと呼ばれる体内の抗酸化作用を促進する物質が通常の3倍量含まれている。それらはすべて、スタークの率いるグローバル貿易部署が開発したものだ。
「スーパーマーケットは、特別で目新しいものを求めている」
とアヴェリーは言う。
「消費者も同様だ」
彼らの言うことが真実かどうかは、じきにわかることだろう。
Frescada(フレスカーダ)という名のレタス、パプリカのBellaFina(ベラフィーナ)、そしてブロッコリーのBeneforté(ベネフォルテ)。
こうしたシャレた商品名は、セミニスと呼ばれるモンサントの子会社に商標登録がされており、これらの野菜は全米のスーパーに並べられようとしている。
モンサントはさらに、隠し玉を用意している。これらのレタスもパプリカも、ブロッコリーも、さらには間もなく世に出る予定のメロン、タマネギもまた、遺伝子の組み換えがまったくされていないのだ。
モンサントはこれらの新種の野菜を、伝統的な交雑の方法でつくりだした。
それは何世紀にもわたって、農家が作物を最適化するのに使用してきた技法だ。
とはいえ、彼らの用いる技術がローテクなわけではない。
スタークの部署は、同社が長年かけて蓄積してきた科学的ノウハウを最大限に利用し、遺伝子組み換えをした有機体がもつあらゆる利点を有する野菜を開発したのだ。
それは、同社のビジネスにも大きな利益をもたらす。
遺伝子組み換え作物が人体に与える影響についての確かな証拠が存在しない一方で、消費者は明らかに抵抗を示してきた(遺伝子組み換え作物を原料に使用している製品は喜んで消費するものの)。
ホールフーズをはじめとする食料品店は、数年先には遺伝子組み換え作物の使用に関する情報をラベルに表示することも検討している。その前に、各州法が表示を義務化する可能性もある。
だが、そうした規制も、モンサントの「スーパーヴェジタブル」は対象とならない。
実験室で誕生した野菜であっても、技術的には、ファーマーズマーケットで売られる野菜となんら変わらない自然さを保っている。
農薬を使用せず、輸送距離が100マイル以内であれば、オーガニックの地元産野菜と呼ぶことができるのだ。
PCB、硫酸、除草剤、遺伝子組み換え
ジョン・フランシス・クイーニイは、モンサント・ケミカル・ワークスを1901年に創業した。当時は、人工甘味料の製造が主な事業だった。
モンサントという社名は、クイーニイの妻オルガの旧姓に由来する。20世紀は化学企業にとってはいい時代だった。1920年代までに、モンサントは硫酸やポリ塩化ビフェニル(PCB)も製造するようになる。PCBは、初期の変圧器や電動機の冷却剤として使用されていたが、現在ではむしろ有害な環境汚染物質として、その名を知られている。
その後、同社はプラスティックと合成繊維事業を展開するようになり、1960年代に入るまでには、除草剤を開発する部署を立ち上げた。
ベトナム戦争で使用された枯葉剤、オレンジ剤はこのとき誕生した。その10年後、モンサントは除草剤ラウンドアップを開発する。グリホサートがベースとなっている雑草除去剤で農作業を楽にして、生産性を高めることを目的としたものだ。
1990年代前半には、同社は科学的専門知識をもって農業分野へと進出し、自社の除草剤に耐性をもつ新種の作物の開発に乗り出した。
現在、交雑によって新たな作物を生み出すのは、特別目新しいことではない。むしろ、作物の収穫量、味やその他の特徴を最適化させるという試みは、人類の文明の初期段階において行われていたことだ。
だが、農家が何世紀にもわたって挑戦してきたものの、期待通りに作物を変化させるのは一か八かの賭けに等しい試みだった。まず、農家は自分が気に入っている性質をもつ作物を、同様に取り入れたい性質をもつ別の作物とかけ合わせる。それらを混合した種を植え付け、望んでいる性質が次の代にも引き継がれていることをただ祈る。
農家が注目するのは、一般的に生物学者が「表現型」と呼ぶ性質だ。表現型とは遺伝子が形質として表現されたものだ。
交雑がギャンブルのように言われるのは、優性の遺伝子と劣性の遺伝子が存在するからだ。甘い果実をつける木と大きな果実をつける木をかけ合わせても、より甘く、より大きな果実をつける木が誕生するとは限らない。
むしろ、逆の結果になるかもしれない。病気にかかりやすくなったり、より多くの水を必要とするといった性質が生じるかもしれない。つまり交雑とは、挑戦と失敗をひたすら繰り返すプロセスであり、膨大な時間と場所、そして忍耐を要するのだ。
遺伝子組み換え技術の目的は、このプロセスを加速させる点にある。ある品種の遺伝子、遺伝資源を分析し、意のままに操作する。植物生物学は過去30年間にわたってこうした取り組みを行い、かつ精度を高める試みを続けてきた。
モンサントは、ラウンドアップ耐性のある作物をつくりだすと同時に、この分野のパイオニアとなった。
スタークが同社に加わったのは1989年、分子生物学の博士課程修了後、研究を続けていたときのことだ。彼はそのころから、遺伝子組み換えという当時最先端の分野で実験に取り組んでいた。
「おいしい」に反発する世間
モンサントは遺伝子組み換え作物の開発に取り組んできたが、同社がより期待を膨らませていた事業は、消費者にとって真新しい種類の野菜をつくりだすことだった。
例えば、カリフォルニア州デイヴィスにある企業カルジーンは、Flavr Savr(フレイヴァーセイヴァー)という名のトマトを開発していた。
従来のトマトは、まだ実が青く、輸送の衝撃にも耐えられるほどの固さのうちに収穫されていた。
目的地に到着すると、エチレンガスを加えて熟成が促進されていたわけだ。
だが、フレイヴァーセイヴァーは、ポリガラクチュロナーゼと呼ばれる酵素の放出量が通常よりも低いため、果実の細胞壁内のペクチンが収穫の直後でもこわれにくくなる。
amano-enzyme.co.jp/jp/enzyme/17
こうして、農家が熟した状態で収穫かつ輸送できるトマトが完成した。
1990年代半ば、モンサントはカルジーンを買収し、スタークをラウンドアップの研究部署から別のプロジェクトチームのリーダーへと異動させた。そこで彼は、ほぼ偶然に食べ物の風味をつくりだす技術を解明することになる。
彼は当時、トマトとジャガイモに含まれるグリコーゲンとでんぷんの活性にかかわる酵素、ADPグルコースピロホスホリラーゼの生成に影響を与える遺伝子をいじっていた。
わかりやすく言えば、加熱をしても水分の放出が少ない粘り気の強いケチャップと、油を吸収せずに元々の成分が保たれるフレンチフライをつくるといったものだ。
実験は成功した。「いい食感だった」。スタークは言う。
「従来のジャガイモよりもカリッとしてて、よりジャガイモ本来の味が出ていた」
その製品が市場に出ることはなかった。
消費者からの反発だけでなく、米国環境保護庁は、ある企業がバイオテクノロジーを用いて開発した新種のトウモロコシStarLink(スターリンク)をアレルギー反応を引き起こす恐れがあることを理由に、人が消費するには適さないと判断したのだ。
さらにまた別の遺伝子組み換え品種のトウモロコシは、オオカバマダラというチョウを殺す作用さえもっているようだった。
トマトやジャガイモを使った食品と言われて多くの消費者が思い浮かべるであろう、ハインツやマクドナルドといった食品コングロマリットは、遺伝子組み換え作物を材料に使用することを禁じる措置をとった。
欧州のいくつかの国家も、遺伝子組み換え作物の栽培や輸入を禁じる決定をした。
フレイヴァーセイヴァーの製造コストはあまりに膨大で、2001年、モンサントがスタークの率いる部署を閉鎖する決断をした理由は容易に理解できる。
大豆や綿、家畜用またはコーンシロップ用のトウモロコシを栽培している大規模農場は、除草剤への耐性をもつ遺伝子組み換え穀物の栽培に積極的だった。
だが、それ以外の農家は「ノー」を示した。
遺伝子マーキング
遺伝子組み換え作物は非効率であり、かつコストが高かった。
スタークは、新しい遺伝子組み換え作物ひとつにつき、着想の時点から当局の承認を得るまで、およそ10年と1億ドルがかかると試算する。
複数の遺伝子を加えても、その数種類の遺伝子がうまくかけ合わされた性質が実現するとも限らない。
同社の野菜ビジネスが破綻し始める前から、モンサントはただ遺伝子の組み換えによって、作物の生産を改善できないことはわかっていた。
それよりも必要なのは、素晴らしい野菜を生み出すことなのだ。スタークは同社が繰り返し使うフレーズを引用する。
「世界で最高の遺伝子も、クソみたいな遺伝資源を修正することはできない」
では、何であれば修正できるのか? その答えが交雑だ。スタークにはこの点で強みがあった。
遺伝子工学を用い、化学物質と害虫への耐性をトウモロコシにつける方法を解明する過程のなかで、モンサントの研究者は植物遺伝子の解読方法や遺伝資源の優劣の見分け方を習得していた。
そして、同社は期待する性質をもっている作物をつくるのにどのような交雑が適切か、すばやく予測できる技術に長けていた。
鍵となるのは、遺伝子マーキングと呼ばれる技術だった。ある性質と密接に結びついている可能性をもつ遺伝子の配列を解明する技術だ。
これは、その性質が複数の遺伝子の影響を受けている場合も含む。研究者は、好きな性質を有する植物を交雑して、何百万という交雑のサンプルをつくる。葉の小さな欠片を使った交雑だ。機械が週に20万のサンプルを解読して、その植物の染色体の特定部位の全遺伝子をマッピングしていく。
それを進めるためのツールもそろっていた。2006年、モンサントはシードチッパーを開発した。これは、大豆の種から取得した遺伝資源の多様なサンプルをすばやく整理し、その一部を採取するツールだ。
シードチッパーを使えば、研究者は微小な遺伝子の単位、ひとつのヌクレチオドだけを読み取って、それが自分の期待する性質に帰結するかどうかを解明することができる。つまり、種から育てて、出来上がったものを確認するという時間をかける必要がないということだ。
モンサントのこうした手法を使うと、実際に遺伝的性質のパターンを予測することができ、どの性質がうまく引き継がれるかを知ることができる。それは交雑なき交雑、緻密な計算のうえで行う植物の生殖行為だ。現実の世界では、20種類の異なる性質をひとつの植物に組み込める確率は、2兆分の1だ。
自然界ではその過程に1,000年はかかるだろうが、モンサントはそれをたった数年で成し遂げてしまう。
さらに、これらはすべて、遺伝子工学を使わずに実行される(やろうと思えば、彼らは遺伝子をゲノムに組み込むことはできるし、実際にやったこともある。
ベータテストとして、遺伝子工学を利用して交雑を行ったことがあるが、それは実験室内部の試みに留まっている)。スタークと仲間のメンバーは、こうした技術を使って、期待通りの性質をもち、望んだように成長するであろう交雑種をつくりだせることを理解した。
得られるものはそれだけではない。遺伝子組み換え作物の利点すべてを得ながら、その技術に着せられた汚名は一切ついてこない。
「こうしたツールを、野菜生産のために使用するのは初めてのことではない」と
スタークは言う。