先日、Kidsらと農地で草刈りをしていると、いつもの犬連れの御仁が来た。
私は種まきも苗つくりも今年から本格的にしているので(化学研究を遥かに超えた超忙しさに困惑!)、化学肥料も少々使っている。燕麦やクロバーなども植えている。出来れば果樹や鶏や牛や馬や羊も飼育したい。農業を自然環境の中でエネルギーのフローとして捉えたいのである。
今年は果樹に毛虫が多いので農薬散布をしようと決めていたが、木の高さがあまり高くないのでリンゴとプラムと栗は竹の竿でたたいて落としている。
その散歩の方は耕さない、無肥料、無農薬という福岡流自然農法の実践を行なっているらしい。しかし、作物を収穫するということは地中の元素と太陽エネルギーの収奪でもある。
必ず、不足分を入れなければならないのでは?と質問してみた。無肥料に関しては雑草を土に入れている。無農薬に関しては自家製の唐辛子+酢で対応という。
福島さんの本は読んでいないが福島農法でも鶏糞や殺菌剤や殺虫剤は使っているらしい。
とにかくどんなに立派な自然農法でも、真似をしても無駄である。自分で自分の道を探すしか手はないのである。自分で観察し自分で作務するしかない。長い化学の研究で既に分かっていることである。芭蕉もそれを知っていた。
許六離別の詞にあるように
「古人の跡を求めず,古人の求めしところを求めよ」
である。
福岡農法における「直観」
「直観」による認識とはどういうことか
netwave.or.jp/~n-keizo/fukuoka5
福岡正信は、真理は科学的認識ではなく、「直観」によって、あるいは「悟り」によって獲得されると繰り返し述べた。
「直観」によって真理を認識するとは一体どういうことなのか。私には、これがなかなか理解できなかった。もし、このことがよく理解できている人が自然農法に取り組めば、易々と成功するに違いない。私はこのテーマを20年程考え続けた。
「直観」とは思惟すなわち思考によらずに対象をとらえる、ということである。私は福岡正信の著作を読むまで、あれこれ考えるということ、思惟・思考こそが真理を捉え、対象を捉える道だと考えていたので、福岡正信が「直観によってとらえよ」と言うのに対して
「思考なしに、一体どうやって対象をつかまえるのか」という疑問が頭から離れなかった。そして、野菜作りを始めても10年ほどは、「直観によって捉える」ということの糸口さえもつかまえることが出来なかった。
直観と勘の区別もよくつかなかった。これは、ごく最近までそうであった。
ところが、青森のリンゴ農家・木村秋則氏のドキュメント「奇跡のリンゴ」を読み、福岡正信と共通点があることを見い出して、この問題にひとつの答えがでてきたように思い始めた。また、NHKの番組「プロフェッショナル」で埼玉県の有機農法家金子美登氏のドキュメントを見て、またも共通点を見出したのである。
福岡正信は若い頃横浜税関の植物検査課に勤め、植物病理学の研究をしていて、個人的生活も含めて多忙の中で心身の疲労が積もり、急性肺炎を起し、寒々とした病室で「死の恐怖」に直面する。
精神分裂症一歩手前のようになって院外をさまよい、戸外に出て寝ているのか、醒めているのか分からないような精神状態になっていた時、ゴイサギの鳴き声を聞いた瞬間に、
「自分の中でモヤモヤしていた、あらゆる混迷の霧というようなものが、吹っ飛んでしまったような気がした」
「そして、私は、ただ一つのことがわかったような気がしました。・・・『この世には何もないじゃないか』ということだった」
(福岡正信、「わら一本の革命」)という。そして、これを契機に自然農法へと向かうのである。
リンゴ農家・木村秋則氏は福岡正信の自然農法に触発されて、当時絶対不可能と言われていたリンゴの無農薬栽培に挑戦し、何年も成功せず、困窮と精神的疲労からついに自殺をしようと岩木山山中を彷徨い、死に場所を決めて首をつるロープを木の枝にかけようとして投げたところ、ロープはあらぬ方向へ飛んだ。
「この期になってもへまをする。なんてだめな男なんだと思いながら、ロープを拾いに山の斜面を降りかけて木村は異様なものを目にする。月の光の下に、リンゴの木があった。まるで魔法の木のように、そのリンゴの木は輝いていた。」
(「奇跡のリンゴ」、石川拓治著)
実はこの木はリンゴではなく椎の木だったが、自殺しようとしていた木村氏は、その木に駆け寄り、
「なぜ農薬をかけていないのに、この木はこんな葉をつけているのか」
と自問する。そして
「6年の間、探し続けた答えが目の前にあった。この椎の木だけではない。森の木々は、農薬など必要としていないのだ。」
(同上)ということに気がつく。
埼玉の金子美登氏は農家に生まれ、農業を引き継ぎ、有機農業を目指すが、6年の間成功せず、人々には変人扱いされ、諦めて別の職を探そうとしていた。その時、作家の有吉佐和子氏から電話があり窮状を知られて、「野菜を買おう」と言われ、再び有機農業に取り組みはじめた。
この3人に共通するのは、
「生きるか、死ぬか」
「農業を続けるか、やめるか」
「農業を続けるか、やめるか」
というほどの精神的なダメージを受けて、ぎりぎりの瞬間に転機が訪れ、それまでの思考とキッパリたもとを分かつのだ。そして、ひたすら自然を、作物を自分の目で観察するようになる。
その観察は自分や他人の考えを持ち込んで解釈することをやめ、ひたすら観察するのである。自分が求める答えは自然の中にあったのだ。
私は、いま野菜栽培を始めて22年目、無農薬、無化学肥料で12年目になる。私も無農薬でできるようになった年の直前には、
「やっぱり無農薬ではだめなのか」
という思いになっていた。実際に農薬を使っていたし、無農薬での栽培は99.9パーセント諦め結論を出すつもりでいた。
しかし、私は三氏とは違い「生きるか、死ぬか」というような精神状況からははるか遠くにいた。私は農業を職業としていなかったから、生活も精神も追い詰められることが無かったのだ。私には、野菜作りは趣味の領域にあり、職業ではなかった。しかし本当のところは、いつも本当の百姓になりたいと思っていた。
平成元年に東京からUターンし、55歳になる頃まで、ずっと本物の百姓になりたいと夢見ていたのだ。50歳ころには無農薬でできるようにはなったが、だんだん後がなくなってきて、会社勤めと同様の収入の確保は難しくなり、百姓の夢は消えた。
夢を実現しなかったことの悔いはない。ずっと夢を抱いていたから、会社勤めに腰をすえて勤めることが出来た。定年まで19年半、全く同じ仕事を同じポジションで続けることが出来た。19年半、私はいやな仕事をしなかった。昇進も拒んだが、仕事を取り上げられはしなかった。
そういうわけで、私には3氏のような劇的な転機はない。ないが、転機が訪れてからの3氏のやり方は、私にもわかる気がする。
福岡正信や木村秋則氏は自然を思惟によって、あるいは科学的研究によって捉えようとすることを止め、ひたすら自然を観察し、そこから学んだのである。福岡正信には科学的研究の素養が十分にありながらである。
私には、科学的研究の素養は備わっていない。それでも、野菜の栽培は取り組み始めた頃からすれば格段の進歩を遂げたと思っている。作柄は非常に安定してきた。自分でいうのもなんだが、今では近隣の農家の人からも褒められる。
私の野菜栽培には、科学的根拠はない。科学的根拠があるということの意味は何かというと、
「誰がやってみても同じ結果がでる」、
という再現性である。ある理論について、誰かが、繰り返し試してみても、同じ結果を引き出せるということが科学的真理として認められる上で必要である。たとえば、水素と酸素を化合すれば水になる、というのは誰が試みても同じ結果になる。
試した人や、その時々で結果が異なるというのでは、科学的真理とはみなされない。
私は、知人やメールを貰った人に質問されて、こうすればこうなるということを話すことがある。ところが、その人は「あまり効果は無かった」と言ったりする。これでは、再現性が乏しく、科学的根拠があるとは言えず、誰もが認める話にはならない。しかし、私は自分でやっている分には十分正しいと思っている。
実は、この「再現性が乏しい」というのは、「直観」が捉える「認識」の本質なのだ。先ほど、引用した哲学辞典にもあるように、「直観」こそが真の認識を与えるという立場は「神秘主義者」とみなされることが多い。神秘主義者は宗教家に多く、時に熱心な信者を獲得することもあるが、誰もができるわけではない「からくり」のようなものを使うと思われたり、何か裏があるとか、いかさまをやっていると思われることもある。
私に知人が自分も野菜つくりをしたいといって、畑を見学しに来たとき、
「牡蠣ガラの粉末を土に混ぜると土が軟らかくなる」
と言ったことがある。1年経って知人は
「自分の畑で試してみたが、効果が無かった」
と言った。彼がそのように認識したのはその通りであろう。別に彼が嘘を言っているわけではない。しかし、私も嘘を言ったわけではない。自分の畑で何度も経験している。では、なぜ知人の場合は「効果が無かった」ということになったのだろうか。
試してみた土が私の畑とはかなり違ったものだったかも知れない。あるいは、撒いた量が非常に少なかったかも知れない。また、実際には柔らかくなっていたが柔らかさを客観的に測っていないので、正しく認識されなかったのかも知れない。あるいはまた、牡蠣ガラの粉末を撒く必要のない畑だったのかも知れない。
だが、私と知人との違いは、自然観察の有り様が全然違うのである。私は自分の繰り返しの観察と経験で物を言っている。知人は他人から聞いたことをやってみて物を言っているのである。
私も福岡正信が書いていることを試してみて、
「効果がない」
「無駄だ」
「違うんじゃないか」
「無駄だ」
「違うんじゃないか」
と思ったことや、今も思っていることは色々有る。
木村秋則氏は福岡正信の著書に触発されてリンゴの無農薬栽培に取り組んだにもかかわらず、6年の間何の収穫も得られず、終には自殺しようとした。
彼が繰り返し、福岡の本を読み返したにもかかわらず。
金子美登氏は農業学校の師に影響を受けて有機農業に取り組んだが、やはり6年間、生活と精神的な窮状に直面した。
いずれにしても、先人が言ったことを理解するということは易々と出来ることではないのである。